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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)3616号 判決 1988年3月31日

控訴人 妙善寺

右代表者代表役員 浦野正道

右訴訟代理人弁護士 長橋勝啓

被控訴人 望月純一郎

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 増田次則

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取消す。主位的に、被控訴人らは控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の持分各一五分の一について、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。予備的に、被控訴人らは控訴人に対し、本件土地の持分一五分の一について、昭和二八年六月一一日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人望月純一郎は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決四枚目裏一行目、二行目「昭和」をいずれも「明治」と、五枚目裏八行目「記載したに過ぎず」を「記載しなかったに過ぎず」と各改める。

2  控訴人の主張

(一)  本件土地は、寺院墓地、寺院境内墓地であり、これは徳川初期の宗門改め制度により檀徒制が確定され、その墳墓を所属の寺院に設ける風習が生じたことに起因するとされている。

そして、明治四年正月五日太政官布告第四号「社寺領上知令」、明治四年五月二四日太政官達第二五八号によれば、当時の現況を標準とし、免税社寺地のうち必要面積を現境内と定め、それ以外の旧境内地を上知すべきものとする一方、「墓地ヲ除クノ外」という例外を設け、墓所の存する部分を上知の対象から外し、従来どおりの社寺地内墓地として当該寺院に経営させることを許容した。したがって、寺院墓地は当然に非上知である有税社寺地内墓地を含めて全面的に上知を免れたものであり、この時点において寺院有墓地の所有権が国に移転した事実は認められないのである。

(二)  明治六年三月二五日太政官布告第一一四号「地所名称区別」、明治七年三月一九日大蔵省内規によっても寺院墓地は除税地として取扱われ、明治七年一一月七日太政官布告第一二〇号「改正地所名称区別」により寺院墓地は官有地第三種に編入され、地券を発行せず地租を課さないこととされた。ここに官有地とは、地券、租税等の取扱による分類であって、国に所有権が帰属したことを意味するものではない。明治八年六月二九日地租改正事務局達乙第四号社寺境内外区画取調規制によっても、「現境内」と「共有墓地」とがこれまでの上知の対象から除外されており、そして同年の地所処分仮規則により旧免税境内墓地は官有地第三種から民有地第三種へ編入されることになった。そして、旧免税境内墓地が「共有墓地」と称されるようになった。ここに「共有墓地」の「共有」というのは、民法上の「共有」を意味するのではなく、檀家中の共同墓地として把握されたことを意味する。すなわち、寺院旧境内「共有墓地」についてのこの新しい処分は、檀家による外形的な共同利用のみを基礎として決定されたものであり、旧来の所持関係を基礎とする「民有の確証」による民有地編入という処分の一般原則に従わなかった官民有区分のなかの唯一の特例であった。そして、このように民有地第三種に編入されるに至った従前除地等寺院旧境内墓地には檀徒総代名受の地券が発行された。

本件土地の墓地もこの一例である。

(三)  このように、従前の除地等で前記上知令の対象とされた寺院旧境内のうちの上知より除外されて「共有墓地」と称されるに至った境内墓地の所有権は誰に帰属するかを考えるに、明治八年後半期以降の地租改正事業における官民有区分、地種決定、地券交付という一連の処分の主要な目的の一つに地所所有権の帰属の確定ということがあったことも否定できず、そうすると、「共有墓地」の所有権は当該寺院の檀家中に帰属せしめられたと解される余地がないではない。しかしながら、本件共有墓地は従来官有地第三種とされていたものが、檀家による共同利用という外形的事実のみに基づいて檀家の「共有墓地」として民有地第三種に転換されたのであり、しかもこれは旧幕藩時代以来の地盤に対する所有権(所持権)を度外視した措置であった。したがって、この民有地編入は所有権の確認ではなく、所有権の形成付与であったと解せられる。

(四)  そこで、このような政府の形成的処分が妥当であったかどうかを考えるに、まず指摘しなければならないのは、「共有墓地」とともに除地等寺院旧境内に存した寺院現境内を上知及び地租改正の処分において一律に官有地へ編入したことにつき、政府自身がのちに不当と判断するに及んだ事実である。

すなわち、明治一一年五月九日内務省乙第四一号達は文明一八年以後創立の寺院及び境内外区画済みで官有地へ編入された寺院の境内は、寺院の申請があれば無償で払下げて民有地第一種へ組替えるものとした。もっとも、この措置は明治二三年一一月勅令第二七五号官有財産管理規則、同年同月勅令第二七六号官有地取扱規則により、その出願の途が閉ざされてしまったのであるが、その後幾多の国有境内地返還に関する紛争を経て成立した昭和二二年四月一一日法律第五三号「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律」は、地租改正処分によって国有財産とされた地所で国有財産法により寺院へ無償貸与されているものは当該寺院よりの申請があれば同寺へ譲与する、右の地所が耕地整理ないし都市計画法による区画整理の対象とされた場合の換地清算金や補償金の債権を国より寺院へ譲渡すると規定していた。これらの処置は、朱黒印地、除地等としての特典を享受した旧幕藩時代の寺院旧境内の法的性質についての政府の従来の認識が改められたことを示すものである。すなわち、朱黒印地、除地等寺院旧境内に対する幕藩時代以来の当該寺院の私法的支配の事実を政府自身も認め、現境内を官有地へ編入した地租改正時の処分の是正を図るに至ったのである。

(五)  以上のように、現境内が寺院の私有地に下戻返還されたことを考えるとき、現境内とともにかつては旧境内の一部であった「共有墓地」の所有権が当該寺院に帰属すると解することは極めて自然である。また、檀家と寺院の一体的関係に着目するならば、檀家共有墓地と称され、檀家総代名受の地券が発行されたことと、その地盤が寺院の所有地であることとは矛盾するものではない。

(六)  以上述べたことからして、本件土地の所有権は控訴人に帰属すると解すべきである。

すなわち、本件土地は旧免税境内墓地であって上知されなかった。その後、地租改正により「共有墓地」とされ檀家総代に地券が発行されたけれども、「共有墓地」というのは、単に共同利用という外形的事実のみに基づいて決定されたものであって、従来からの所有権の存在を度外視しているものであり、後に政府において旧幕藩時代の寺院旧境内の法的性質について考えを改めたことからしても、「共有墓地」としたことにより檀家に所有権を帰属せしめたものではなく、従前どおり当該寺院に所有権を帰属せしめたものと解するのが相当なのである。

控訴人は、さきに本件土地が明治政府に上知された旨自白したが、右自白は真実に反し、かつ、錯誤によるものであるからこれを撤回する。

(七)  仮に、本件土地が上知処分の対象となったとしても、右処分は明治四年正月五日太政官布告第四号「社寺領上知令」に反するもので無効であり、本件土地の所有権は国に移転せず、依然として控訴人の所有であったものである。したがってまた、本件土地が当時の檀家総代である望月源十郎ら三名に払下げられたとしても、右処分は払下権のない者がしたものであるからこれまた無効であり、そこに所有権移転を認めることはできない。また、仮に右払下げの処分があったとしても、右払下げは檀家総代である望月源十郎ら三名に対してなされたもので、右の者ら個人に対してなされたものではなく、いわば信託的な譲渡であり、その真実の意味は控訴人に対する払下げであったとみるべきである。

3  被控訴人らの主張

控訴人の右主張は争う。

なお、控訴人の自白の撤回には異議がある。

4  《証拠関係省略》

理由

一1  《証拠省略》によれば、請求の原因1の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2  控訴人は本件土地が上知された旨の自白を撤回したので、以下、その許否及び請求原因2、3の事実について検討するに、本件土地がもと控訴人の所有であったことについては、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  本件土地は、控訴人の現境内(明治八年六月二九日地租改正事務局達乙第四号、社寺境内外区画取調規則により「新境内」とされたもの)の南側に存し、江戸時代の前期頃から控訴人の多数檀徒の共同墓地として使用されてきたもので、同地内には被控訴人ら先祖の墓のほか控訴人の歴代祖師の墓及び多数檀徒の墓が存在した。

(2)  明治四年正月五日太政官布告第四号「社寺領上知令」及びこれに次ぐ諸法令により、明治六年三月二五日太政官布告第一一四号「地所名称区別」の発布された明治六年頃までに控訴人の旧境内(前示のとおり、のちに「新境内」と定められたものを含む従前からの境内)のうち現境内を除くその余の部分及び本件土地につき上知処分がなされた。

(3)  控訴人は、明治五年頃から同一八年頃までの間住職のいない無住の寺であり(右事実は当事者間に争いがない。)、明治一八年頃までの間に本件土地について控訴人の檀家総代であった望月源十郎ら三名に対し地券が発行された。

(4)  控訴人が明治二〇年五月に作成した寺の沿革、財産等を記した明細誌には本件土地は控訴人所有地と区別されて檀家共有地としての墓地である旨掲記され、控訴人が昭和一五年六月二八日に提出した静岡県学務部長宛「寺院所有不動産届出の件」と題する文書において当時の控訴人所有地を書き出したなかにも本件土地の記載はなく、旧土地台帳には本件土地の所有者として望月源十郎ら三名の氏名が記載されており、不動産登記簿上においても、昭和六〇年四月三日に被控訴人らを含む望月源十郎ら三名の承継人七名を共有者とする所有権保存登記がなされたことにより抹消されるまで、表題部の所有者欄に望月源十郎ら三名の氏名が記載されていた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、右事実によれば、本件土地は明治六年頃までに国に上知され、明治一八年頃までに檀家総代である望月源十郎ら三名に払下げられたものとみられる。

したがって、本件土地が上知されたことを認める旨の控訴人の自白は、右自白された事実が真実に反するものとは認められないので、その撤回は許されないというべきである。

また、控訴人は、望月源十郎ら三名は本件土地を控訴人のために払下げを受け、右払下げと同時にこれを控訴人に寄進した旨主張するが、本件全証拠によっても右事実を認めることはできない。

ところで、控訴人は、地租改正において寺院旧境内の「共有墓地」として檀家総代に地券が発行された墓地については、当該寺院に当然に所有権が帰属するものと解すべき旨主張し、《証拠省略》によれば、従前無税の寺院旧境内の墓地は明治四年五月二四日太政官達第二五八号により上知されることなく一旦官有地第三種へ編入され、次いで「共有墓地」として民有地第三種へ編入されて檀家総代名受の地券が発行されたもので、この場合には、その墓地の所有権は旧幕藩時代に旧境内を所持し進退していた寺院に帰属するものと解すべきであるとの見解がみられるが、右見解はあくまで寺院旧境内墓地についての一般論であって、本件の場合、本件土地は一旦上知されたものであること及び地券が発行された時点では控訴人には住職が居らず無住であったこと、《証拠省略》によれば、本件土地である墓地が果して控訴人の旧境内墓地であったかどうか定かではないこと等を併せ考えると、右見解がそのまま本件にあてはまるかどうか甚だ疑問であって、控訴人主張の右主張はた易くこれを採用することができない。

控訴人はさらに、右上知処分は無効であり、これにつづく払下げ処分も無効である旨主張するが、本件土地の上知処分及び払下げ処分が無効であると断定すべき根拠ないし証拠のないことはすでに説示したところによりおのずから明らかである。

もっとも、檀家総代である望月源十郎ら三名が払下げにより本件土地について取得した権利については、その取得の経緯及び条理に照し右土地を自由に処分することは許されず、寺に附属する共同墓地として多数檀徒の共同使用に供すべき制限の付着した共有権とみるべきものではあるが、払下げが前示のとおり檀家総代に対してなされたからといって、これをもって控訴人主張の如く信託的譲渡がなされたものと目しあるいは当然に控訴人に対して払下げがなされたものとみなすべき理由も証拠も見当らない。

3  以上により、控訴人の主位的請求原因については、これを肯認することができない。

二1  次に、予備的請求の原因及び被控訴人らの抗弁について判断するに、控訴人が、少なくとも宗教法人としての設立登記をした昭和二八年六月一〇日以降本件土地を墓地として檀家のために提供して占有していることは当事者間に争いがないが、前示のとおり控訴人は明治五年頃から住職のいない無住の寺であって、その後明治一八年頃に再興された(控訴人が明治一八年頃再興されたことは当事者間に争いがない。)頃から本件土地の占有を始めたものであり、しかも控訴人は、右占有中に寺の明細誌に本件土地を控訴人所有地と区別して檀家共有地として記載し、静岡県に対する公文書中においても本件土地をその所有不動産として届出ておらず、また、前掲各証拠によれば控訴人は本件土地の土地台帳、登記簿上望月源十郎らの共有名義となっていることをつとに承知していたものと推認されるにもかかわらず、本訴提起の直前ごろまでその名義変更を求めないまま放置して来たことを併せ考えると、控訴人は、本件土地が檀家総代である望月源十郎らの共有地であることを知りながらこれを無償で墓地として占有使用していたものであって、再興された明治一八年頃においても、宗教法人としての設立登記をした昭和二八年六月一〇日においても本件土地をその所有の意思をもって占有を始めたものとは到底認められない。

2  したがって、本件土地につき昭和三八年六月一一日または昭和四八年六月一一日に取得時効が完成した旨の控訴人の予備的請求もこれを採用するに由がない。

二  以上の次第で、控訴人の被控訴人らに対する主位的及び予備的請求は、いずれも理由がないからこれを失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村修三 裁判官 篠田省二 関野杜滋子)

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